みなさんお元気ですか?本日はようこそお参りくださいました。このお寺のWEBサイトでは皆様の大切なご家族のお名前と死亡日を掲載しています。サイトに載っていないご家族のお名前も追加したい場合は申込みや手続きは不要なのでただWhatsAppに掲載を希望する方の名前と死亡日を教えてください。すぐに掲載します。これらのお名前はお寺が続く限り故人がこの世に存在していた証としてずっと大切に掲載し続けます。また、一人でも多くの方々にご覧いただきたいので掲載されましたらご家族やご親戚の方へも案内してください。
それでは法要に際して恒例の仏教の話しに入りたいと思います。今日は偉い人とはどういう人のことを言うのかという話をしたいと思います。日本の東京で1番の繁華街である銀座の寿司屋には値段の高い店から安くても美味しい店までたくさんの選択肢があります。皆さんは寿司を好きですか?寿司屋の料理は握り寿司が有名ですが、その本質はその季節に一番おいしい魚を材料としてその持ち味を最大限に生かせる調理とそれに会う飲み物などを総合して提供する日本料理の一分野です。
もちろん安くて美味しいならそちらのお店の方が良いと思いませんか?しかし、中にはその高級寿司店に何回も通う人たちもいるのです。しかもなかなか予約も取れず入店することさえ難しく、一回の食事値段がブラジルの貨幣で言えば何千レアルにもなるような店です。そういう店でいつでも予約しないでも入店して寿司を食べられる人を偉い人と呼ぶとこがあります。そのように聞いて皆さんはどう思うでしょうか?そんなわけないでしょう?たしかに高い店で食事したら偉いという考えは変な考えですね。
話は続きますが、そのお店には高い料金を払える人しか客として入店できません。しかし、それだけの対価を払うのだから自分は偉い人であるという人は殆どいないのです。それどころかお客さんは調理場に立つ板前さんへ高級なお菓子や東京から離れて土地の珍しい贈り物を携えていくのです。客という立場にも関わらず常に低姿勢であり板前さんの技術を尊敬してより良い関係を保ちながら上質のサービスをえたいという思いから自然に紳士的な振る舞いになるそうです。一方で寿司屋の方もただでさえ高額な食事代を払っていただく上にお土産の気遣いや、忙しい時期でなく売り上げの少ない時期にあえて来店して売り上げを支えてくれる常連顧客には自然と気合の入った技術を駆使して最上質の待遇でおもてなしをするそうです。もちろん食材の原価など考えずに大切なお客様には惜しみなく楽しんでいただくための対応をするということです。偉い人とは「低姿勢で相手を思いやることができる人」というのは一つの回答と言えるでしょう。
これは一般世間の話ですが、一方でその一般の世間から一歩出た「み教え」の世界ではどうでしょうか。阿弥陀如来は無上の慈悲で私たちの行末に手を差し伸べてくださいます。それこそ宗祖親鸞聖人がこれ以上素晴らしいものはないと絶賛されるものです。それに対して私たちはどのようにその差し伸べられた手をいただくのでしょうか?何も高級なお土産を持っていってやっと入れるようなお店とは違い、お念仏一つで誰でも最上級のお慈悲がいただける道を示してくださったのが親鸞聖人です。
今日の話を聞かれて皆さんはどのように思ったでしょうか?世界に宗教はたくさんありますが実はその教えには似たようなことがたくさん書かれています。それらの多くは以下の三つに集約されます。「むやみな殺生の戒め」「略奪にかんする戒め」「嘘をつくことに関する戒め」それぞれ信奉する神や経典は異なりますが人間が生物としてその文化の存続や種の繁栄のために大切なことを最初に説かれている点が共通しています。すべての人が仏教徒になる必要はありませんが、すべての人は人間としてあるべき姿に向かう姿勢は重要です。どうか大切な家族の追悼のために自分の時間を割くという生物として高等な習慣を身につけられている皆様にはせめて人間として大切なことを共に尊重していきたいと思います。お寺とはそのような場所なのです。
先日日本の教団本部から北陸地震の被災者への義援金の協力要請がありました。もしほんの少しのお気持ちがあればぜひご協力をお願いします。こうして集められるブラジル各地からの募金は後日サンパウロのお寺に集めて日本の本部へ送金されます。どうぞよろしくお願いします。