皆様、こんにちは。本日は秋彼岸の合同法要にあたり、ようこそお参りくださいました。こうして皆様と共に集い、阿弥陀仏の尊いみ教えに耳を傾けるご縁をいただきましたことに、深い感謝を申し上げます。この南半球の彼岸(ブラジルの春)を迎える季節、暖かな光の中で花々が咲きこぼれ、鳥たちがさえずり、すべての命が生き生きと目覚めていくのが感じられます。自然は私たちに、命の巡りの美しさと、限られた時間の中で精一杯に今を生きることの尊さを優しく教えてくれています。
同時に、このお彼岸は、すでに私たちの元を去っていかれた大切な方々を偲び、そのお徳を称える大切な日でもあります。愛する家族や先祖を失う悲しみは、私たちの胸に深い寂しさと孤独をもたらすものです。しかし、仏様の教えは、私たちがその計り知れない悲しみを受け入れ、静かに乗り越えていくための確かな道を示してくださっています。
仏教では、この世のすべてのものが移り変わり、永遠に留まるものは何一つないという「諸行無常」を説きます。私たち人間もまた、この世に生まれ、やがて等しく命を終えていかなければなりません。しかし、阿弥陀仏の教えは、肉体の死が決して虚無への終わりではなく、お浄土という光あふれる世界への新たなる誕生の始まりであることを私たちに告げています。
私たちは、人生の歩みの中で多くの人々との「出会い」と「別れ」を重ねてまいります。その一つひとつの巡り合いを通して、私たちは命のきらめきと、人と人とのつながりの温かさを知るのです。たとえそのお身体はこの世から見えなくなってしまっても、その方の想いや注いでくれた愛情、そして共にした尊い時間は、私たちの心の中で永遠に生き続けます。それは、消えることのない命の灯火として、私たちの次の歩みへと引き継がれていくのです。
阿弥陀如来は、すべての者を一人のこらず救い取るという大いなる誓い(本願)を建て、私たちを「極楽浄土」へと招き続けてくださっています。お浄土とは、あらゆる苦しみや悲しみから解放された、本当の安らぎが満ちる世界です。私たちが迷い、苦しみの淵にあるときも、阿弥陀仏は決して私たちを見放すことなく、温かな慈悲のまなざしで見守ってくださっています。そして、すでに私たちの元を旅立っていかれた方々もまた、その大きな慈悲の光に包まれて、穏やかなお浄土の世界へと導かれているのです。
阿弥陀仏の暖かな慈悲の光が、まるで春を迎える柔らかな光のように、皆様の乾いた心を優しく満たし、往かれた大切な方々のもとへと届きますように。このお彼岸の尊いつながりを通して、仏様のみ教えが皆様の日々の生活の支えとなり、明日へと一歩を踏み出す温かな希望となりますよう、心より念じております。なんまんだぶ。