皆様、本日はお寺へようこそお参りくださいました。そろそろ厳しかった暑い夏も終わりを告げ、爽やかな秋の訪れを肌で感じる時期になりますね。それと同時に、季節の変わり目は体調を崩しやすい時期でもあります。どうか皆様、お体にはくれぐれもお気を付けいただきながら、日々を健やかにお過ごしくださいね。
今日は、私たち人間のこころのなかに常に背中合わせで存在する、二つの価値観についてお話ししたいと思います。「善と悪」や「プラスとマイナス」といった、まったく正反対にあるもののことです。私たちは人生のなかで、時に深い闇に迷い込んでしまうことがあります。けれど、その暗闇を経験するからこそ、そこに差し込んでくる一筋の光の輝きを、より一層美しく、尊いものとして感じられるのではないでしょうか。これは、私たちが日々の暮らしのなかで、思いがけない苦しみや悲しみを経験するからこそ、そこにある小さな喜びや幸せの有り難みを、より深く、命に染みるように感じることができる、という真実を表しているのだと思います。
自分が深く愛する人を失うという、言葉にならないほどの大きな悲しみを知るからこそ、今、自分のすぐそばにいてくれる人の温かさや、ともに過ごせる時間のあまりの大切さが、本当にこころに染み渡るのです。時に、絶望の淵に立たされている私たちにとって、「幸せ」という言葉は、世界で最も遠く離れた場所にあるように感じられるかもしれません。しかし、そんな時であっても、この世界は本当に広く、目に見えないたくさんの温かなものが、私たちの存在を優しく包み込んでくれています。自分がもう一歩も動けないほどの絶望のなかにいると感じる時こそ、実はこの世界はそれほどまでに広く、そして私たちの思いを超えた多くの可能性(仏様の救い)をその内に秘めているのだと、静かに教えてくれているのではないでしょうか。
私たちは、毎日の生活のなかで、実に多くのことを見聞きし、学んでいます。しかし、目の前にある文字をただなぞって読めたとしても、その言葉の奥にある「本当の意味(真意)」を正しく理解しているとは限らないのと同じように、この世界の真実は、いつも私たちの目の前で、すべての答えを教えてくれているのです。それなのに、私たち人間の側の目が、それを見ようとしていないだけなのかもしれません。私たちはどうしても、自分自身の狭い価値観や、凝り固まった思い込みにとらわれてしまい、目の前にある本当の真実を見誤ってしまうことがあります。本当の答えは、すでに自分の視界のなかにきれいに収まっているのに、ただそこに注目し、こころを向けていないだけなのです。
仏様のみ教えは、そのような迷いのなかにいる私たちに対して、真実のあり方を見つめるための大切な「気づき(智慧)」を与えてくれます。仏の教えとは、決してどこか遠くにある特別なものではありません。いつも私たちのすぐそばに寄り添い、暗闇のなかで足元を静かに導いてくれているものなのです。どうか、強がっているこころをそっと開いて、ご自身の周りをありのままに見渡してみてください。きっと、今までは気づかずに通り過ぎていた、温かな光がはっきりと見えてくるはずです。そして、その仏様の慈悲の光は、傷ついた私たちを丸ごと温かく包み込み、これから歩んでいくべき確かな道を、いつも優しく示してくださるでしょう。本日も皆様とともに、仏様の尊い教えの一端に触れることができました。この尊いご縁に、こころより感謝申し上げます。なんまんだぶ。