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皆さま、ようこそお参りくださいました。本日は宗祖・親鸞聖人のご誕生を祝う「宗祖降誕会」です。五月は、位牌に込められた思いのように、亡き方を偲ぶ月ですね。親鸞聖人は、阿弥陀さまが全ての人を必ず救うという、広大なお慈悲を伝えられました。このお慈悲は時を超え、遍く注がれています。今日は「いのちの繋がり」を考えましょう。人の存在が本当に消えるのはいつでしょう。肉体の死でなく、記憶する人が誰もいなくなり、忘れられた時です。では、存在はいつ始まるのでしょう。生まれた時でなく、もっと前、周りが誕生を心待ちにし、幸せを願う、その温かい「思い」の中に、存在は始まっています。忘れられた時に終わり、願われた時に始まるのです。

私たちの「いのち」は時を超えて広がっています。「今」を生きる私という存在を中心にご先祖と子孫が同時に存在するのです。この過去から未来へ続く「いのち」の繋がり、特に亡き方の記憶を繋ぐ中心が家族です。位牌を手に集うことは、故人への愛情と「忘れない」という誓いの証。名を位牌に記し、日々偲びます。家族であの方の思い出や教えを語り継ぐことは、尊い心の財産を次世代へ手渡すことです。この「偲ぶ」思いを日々続けることは、毎日を丁寧に、誠実に生きることに繋がります。

その継続の大切さは、かつて日本から渡られた一世の方々の姿にも見られます。困難の中、彼らは地道な努力を続け、生活の基盤を築きました。その日々の「継続」が、これからの発展の礎なのです。私たちの中には、先人の血を受け継ぐ方、日本文化に心を寄せる方がいます。先人が示した真面目さ、誠実さ、思いやり、感謝の心。これらは古い習慣ではなく、良く生きるための、国や文化を超えた大切な「根っこ」です。この根っこを自覚し、日々の暮らしで誠実に、丁寧に、感謝を忘れずに生きること。その地道な継続が街を豊かにし、人生を輝かせます。端、私たちが前を向いて生きる姿こそ、亡き方への最高の報恩感謝となり、安心を届けられるでしょう。

親鸞聖人は、私たちは阿弥陀さまに必ず救われると示されました。阿弥陀さまの慈悲の光は、亡き方にも、今を生きる私たちにも、未来の子供たちへも、平等に注がれています。亡き人を心に刻み、家系の繋がりに感謝し、未来へ向けて日々を大切に歩む。この営みの中に、阿弥陀さまの願いに適う生き方があります。「南無阿弥陀仏」と称える時、私たちは亡き人や阿弥陀さまとの繋がりを感じ、感謝で満たされます。どうか今日のご縁を胸に、亡き人を偲ぶ心と、日々を誠実に生きる決意を持ち続けてください。その継続が私たちを支え、この地をより良くしていく力となるでしょう。本日はようこそのお参りでした。