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本日、私たちは阿弥陀様の御前で寺礎移転記念法要を執り行います。この地へ移転してもう9年がたちます。これは、私たち皆にとって大切な「出会いの場」が続いていることを意味します。手を合わせる合掌の姿勢は、単なる習慣ではありません。それは、私たちの心を開き、温かい慈悲の光を受け入れることを意味します。そして、この光の中で、旅立たれた大切な方々を心から偲び、感謝を捧げます。

私たちの浄土真宗の教えには、心が軽くなる素晴らしい真理があります。それは、「私たちは自分の頑張りや、どれだけ良い人であるかによって救われるのではない」ということです。私たちは皆、悩みや不安、失敗を抱える不完全な存在、「凡夫(ぼんぶ)」です。それでも、阿弥陀様の限りない慈悲の光は、そんな私たち一人ひとりに、何の見返りも求めずに降り注いでいます。阿弥陀様が私たちに誓われた本願(お約束)は、「どんな人も決して見捨てない」という、揺るぎないものです。

私たちが「なんまんだぶ」と念仏を称えるとき、それは何かをお願いしたり、徳を積もうとしたりしているのではありません。この念仏は、阿弥陀様の深い慈悲が、私たちを通して声になったものなのです。それは、ありのままの私たちを、ただただ受け入れ、包み込んでくださる阿弥陀様への、心からの「ありがとう」という感謝の響きです。

旅立たれた皆さんは、遠いどこかへ行ってしまったわけではありません。すでに、すべての苦しみから解放され、仏様となられた光り輝く「浄土」という世界に往生されています。そこから、安らかに過ごされるだけでなく、その豊かな智慧と穏やかさで私たちをいつも見守り、導いてくださっています。そして、私たちもこの世の役目を終えたときには、必ず同じ浄土へと迎えられるのです。

だからこそ、この法事悲しいお別れの儀式ではありません。阿弥陀様の光の中で、故人との喜びの再会を祝う場なのです。私たちを結びつける絆は、阿弥陀様の慈悲によって織りなされており、生と死を超えたものだと教えてくれます。阿弥陀様の本願に心からお任せする深い安らぎと、大きな感謝の気持ちをもって、これからの日々を歩んでいきましょう。