皆様、当山の法要にようこそお参りいただきました。本堂を見渡してみてください。今年もこんなにたくさんの提灯が集まりました。この提灯は、皆様のご協力の心の証です。しかし、ここにはもう一つの大切な意味があります。今日の法要では、そこに少しですがご一緒に触れてまいりましょう。
私たちは誰もが心にぽっかりと穴を抱えて生きています。子供なら無邪気に泣き叫びます。しかし、大人になるとその悲しみや喪失感を心にしまい込み、無理にかっこつけてしまいます。しかし、抑え込んだ痛みはいつかあふれ出し、心の壁を決壊させてしまうかもしれません。お寺は、その痛みを安心して癒す場所です。
「私はあなたを思っています。どうかこちらを見てください」そう思う気持ちは、きっと誰にでもあるでしょう。私たちは必死に亡き人に思いを届けようとします。しかし「見ているよ」という声は、どんなに耳をすましても届きません。聞こえない声になんとか耳を傾けようと、昔の人たちが心を込めて作ったのが、提灯でした。提灯は、亡き人に「こっちだよ!」と手を振る、私たちからの精一杯の合図なのです。
「なぜ今さら、古めかしい提灯文化を?」と思われるかもしれません。しかし、この伝統は何百年もの間、絶やすことなく続けてきた、ご先祖様を想う温かい心の証です。世が乱れようとも、遠い異国に住む場所が変わろうとも、私たちはこの伝統を大切に守り続けてきました。この提灯は、ただの飾りではありません。それは、ご先祖様との温かい心のつながりを次へとつないでいく、大切な心の架け橋なのです。
もしかすると、このような話はこれまでに聞いたことがないかもしれません。しかし、私は浄土真宗の教えを深く見つめ、皆様の心に寄り添うなかの中で、このように確信しています。私は、お参りされた皆様に安心して安らかな心を得てほしい。そして、私自身その責任を負って、皆さんと共にこの道を歩んでいきたいと願っています。社会では、亡き人と心の中で出会ったとは言いにくい時代になりました。しかし、おてら寺ではそう言っていいのです。今日ここにつど集っている人たちも皆が口には出さなくとも、同じ思いでこの場に来ています。どうぞ安心して、一番大切な人と心の中で出会ってください。
皆様からの尊いご懇志は、この大切なおしえを次の世代へつなぐかたちとして提灯に託されました。仏さまは、このお参りの心を決して見捨てません。私たちの心の中に、ご先祖様とのつながり、 shadow そして阿弥陀さまの慈悲がある限り、私たちは安らかな日々を送ることができるのです。この大切な出会いに感謝しましょう。