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みなさんこんにちは。私たちの仏さまは、私たちのすべてを、いつまでも忘れずに抱きしめてくださる「大きな記憶」そのものです。人は、どうやって自分の居場所を感じるのでしょうか。それは、誰かの記憶に残って、誰かに覚えてもらうことで、そこに自分の居場所を感じるのです。

しかし、私たちはすべての人から、いつか忘れ去られていきます。また、この世界から人間の姿が消える日が来るかもしれません。自分たちが生きた証さえも、消えてしまうのではないか。そんな心細さを、私たちはどこかに抱えて生きています。しかし、仏さまの記憶は決して消えることがありません。私たちが忘れ去られても、仏さまは決して忘れません。

仏さまは、私たちが実際に歩んできた人生だけではなく、「あの時こうしていれば」という後悔や、選びたかったけれど選べなかった道、もしそうなっていたら出会えたはずの喜びまで、そのすべてをまるごと知ってくださっています。生まれることができなかった命の成長した姿や、若くして失われた命が、もし長生きできていたら。そんな、今の私たちが触れることのできない幸せな記憶まで、仏さまはわかってくださっています。

私たちの喜びも、苦しみも、そして果たせなかった願いさえも、すべては仏さまの心の中に永遠に生き続けます。その仏さまの記憶の中に、私たちの存在のすべてが抱かれている。その安心の世界こそが、私たちが最後に行く「お浄土」という場所なのです。

今日、私たちは先立たれた方々を偲ぶために集まりました。私たちも故人の方々も、いつかは長い歴史の果てに、忘れ去られてしまう存在です。しかし、仏さまの心の中では、あの方の笑顔も、共に過ごした時間も、あの方が歩みたかった未来も、すべてが今も大切に守られています。私たちは、自分から救いを求めて手を伸ばすよりずっと前から、すべてを忘れずにいてくださる仏さまの大きな慈悲の中に、既に抱かれているのです。ありがとうございました。