Skip to the content.

皆さんこんにちは。見回してください。私たちはこのコミュニティの生きた歴史を目にしています。それは「一世」の開拓者たち、そして彼らの子孫である「二世」「三世」の皆さんや、もっと新しい世代です。このブラジルの地で育った皆さんにとって、日本人移民一世の両親や祖父母達にはずっと「不思議な部分」を感じていたかもしれません。「なぜあんなに厳しかったのか?」「なぜ自分の思いをもっと伝えてくれなかったのか?」こうした厳しい態度は、しばしば冷たさや心の距離感のように思えたかもしれません。もしかしたら、じいちゃんから理解されていないと感じていたかもしれません。

しかし今日は皆さんのために、この「静かな男たちの思い」をお話しさせてください。それは冷たさではありませんでした。まず第一には言葉の問題がありました。それでも「明治から第二次世界大戦が終わるまでのあいだの日本」という文脈には、世界で最も奇妙で今では理解できない風習が国家の教育として深く国民に根付いていたのです。近代的な社会への移り変わりの中に残る侍の気骨ある生き様でした。家族に愛を説くよりも強さと正直さをその姿で伝えることを大切にしていたのです。それは同時にこの地で生き残るための、最も極端な形の「愛」でもあったのでした。

開拓者たちがこの地に到着した時、一家を養っていくなんの保証も助けもありませんでした。一瞬の弱気、一度の「甘やかし」が、家族全員の生存を脅かすこともあり得たのです。家族を守るために、彼らは心を固く強くしなければなりませんでした。あなたたちが強くこの大地で生きるように、彼らはそれこそが与えられる唯一の「愛」だと思っていたのでしょう。

日本の故郷がどんなところだったのか、どんな思いを残してきたのか、過去の涙について沈黙を守ったのは、ポルトガル語が苦手だっただけではなく、過去のではなく、この国での未来を向いてほしいと思ったのでしょう。日本が素晴らしいことだらけならブラジルには来なかったでしょう。祖国日本を良い国だと思いさらにこの地での未来にかけていたのです。そして彼らがこの地に築いたものこそがこの日系社会なのです。今の私たちの人生は、この沈黙の理想の上に築かれました。

しかし今、時代は変わりました。彼らの長年の思いは、今、新たに皆さんと共有されました。私も僧侶として、このような日本の歴史的、精神的な文化を守り抜く責任を負います。今日から、あなたたちの両親や祖父母といった日本移民一世の人たちを、厳しい人々としてではなく、あなたたちのために寡黙なまなざしの中にも深い愛情を持っていた人達だと思って見てください。そして、このお寺というところはそうやって生きて来た日本からの開拓者の思いと、その使命を伝えていくところでもあります。

仏教とは長い時の流れを隅から隅まで見つめていく「尊い眼」を持ちます。だからこそ一世の人たちはのちの人に託すことで心を休めることができます。彼らは明治の教えをその身に宿し侍のように強かったかもしれません。しかし、一人で月を見上げる夜には、胸に抱える寂しさや涙をぐっとこらえていたのかもしれませんね。これからも、すべての世代をつなぐ「ありがとう」を大切にしていきましょう。