Skip to the content.

今日、私たちが甘茶をかけたあのお姿。仏教の開祖、お釈迦様が生まれた時の姿で、天と地を指さして放たれた言葉があります。「天の上にも下にも、仏になれるのは、自らの我(が)しかない」

私たちは、お腹が空けば苦しいし、自分のお金が減れば不安になります。どこまで行っても「自分、自分」としか考えられない。世間ではそれを「我」と呼び、戒めるべきものだと教えられます。けれど、それがこの「いのち」のありのままの姿です。

強い光には、必ず濃い影が落とされます。人間が光り輝くだけで生きていくことはできません。綺麗さ、美しさ、立派さばかり追い求める必要もありません。むしろ、この「自分勝手で、どうしようもない自分」という、埋めようのない心の凹み。

その足りなさに、自分自身が降参して「ああ、私はこのままでしかいられないんだ」と気づいた時。そこに仏様の慈悲がなみなみと注がれ、そのまま仏となる。それを、救いと呼びます。

甘茶のほのかな甘みは、天の竜神からの祝福です。この不完全な命のまま、世界に出会えたことへの、混じりけのない喜びです。今日もこの「自分」を抱えたまま、共に感謝の日を過ごしましょう。